江戸・傘張り職人の一日|雨を待つ者たち

江戸時代の傘張り職人が竹骨に油紙を張っている。 江戸時代、男性2人、竹骨、油紙、糊、真剣な表情、背景に作業場。

雨が降ると、町が動く。
晴れの日は、仕事が止まる。
“天気商売”と呼ばれた傘張り職人の一日を追う。


■ 朝 ― 晴天、仕事なし

からりと晴れた江戸の朝。
空は見事な青、風は乾いている。
町人たちは洗濯をし、子どもは走り回る。
そんな日に、傘張り職人の仕事場は静まり返っている。

「まったく、こうも晴れが続くと飯の種が干からびる」
店主の源七がぼやきながら、破れた和傘を直す。
竹骨を磨き、油紙を張り替える。
仕事がなくても、手を止めない。
なぜなら、雨の日に間に合わなければ商いは終わりだから。


■ 午前 ― 骨と紙の芸

作業場には竹の香りと糊の匂いが満ちている。
机の上には、細く削った竹骨が整然と並ぶ。
一本一本を撫で、割れ目を確かめる。
「竹はな、人と同じだ。急に曲げると折れる」
源七は弟子に言う。

竹骨に油紙をそっと重ね、筆で糊をのばす。
指先の感覚だけが頼りだ。
呼吸を止め、静かに張る。
紙がぴんと張り、光を反射した瞬間、
「よし、これで雨を弾く顔になった」

この瞬間だけ、
職人の顔にやっと晴れが戻る。


■ 昼 ― 商いの支度

昼、店の軒先にできあがった傘を吊るす。
赤、藍、茶。
油が乾き、光を受けて艶やかに輝く。
通りがかりの子どもが指を差す。
「雨の日に、これさしたらきれいだね」
「おう、そう思ってくれりゃ、天気も恨めしくねぇ」

飯は麦飯に沢庵。
安いが、空腹を満たすには十分。
雨が降る日まで、倹約して暮らすのが傘張りの知恵だった。


■ 午後 ― 雨雲を待つ目

午後、空の端に雲が湧く。
「おい、東の方に黒い雲が出たぞ!」
職人たちが顔を上げる。
まるで漁師が風を見るように、彼らは空を読む。

ぽつり――ひと粒の雨。
すぐに通りを駆ける。
「傘はいらんか! 油の通った新物だ!」
声が通りに響く。
行き交う町人が立ち止まり、
「これ、粋だねぇ」と一丁買っていく。

雨脚が強くなると、店の前は人であふれる。
源七の目が細くなる。
「ありがてぇな。江戸の雨が、うちの米になる」


■ 夜 ― 雨音と灯の下で

夜、雨脚が静まる。
軒下の油紙が雨粒をはじく音。
一日の稼ぎを数えながら、源七は火鉢の前で微笑む。
「明日はまた晴れか。
 けどな、晴れの日が続かにゃ、雨も喜べねぇ」

弟子が傘の骨を整えながら、
「親方、傘って結局、空の気まぐれですね」
源七が笑う。
「そうさ。だがな、人間も似たようなもんだ」

灯の下で乾いていく傘が、まるで一日の終わりを告げる花のようだった。


■ ナレーション(締め)

雨を待つ。
それは、運を待つことと同じだった。

江戸の傘張り職人たちは、空とともに働き、天気とともに生きた。

雨が降れば町が動き、晴れが続けば心を磨く。

――紙と竹と油で、空を受け止める。
それが、江戸の傘張り職人の仕事だった。

次回は「江戸・按摩の一日|闇を歩き、人を癒やす」です。

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参考・参照リンク(江戸時代)

※本カテゴリの記事は上記の史料・展示情報を参考に再構成しています。


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