江戸時代の旅を考えていて、ふと気になりました。
旅籠に泊まったとき、部屋は個室だったのでしょうか。
もし知らない人との相部屋だったとしたら、財布はどうしていたのでしょう。
寝ているときは?
風呂に入るときは?
食事をするときは?
現代ならホテルの部屋には鍵があり、貴重品を入れる金庫もあります。しかし、江戸時代の旅籠にそんな設備はありません。
調べてみると、当時の旅人が荷物をできるだけ少なくしていた理由まで見えてきました。
旅籠は相部屋が普通だった
まず驚いたのがこれです。
江戸時代後期の中規模以上の旅籠では、一階に帳場や調理場、宿の家族の居室などがあり、二階にいくつかの客室を設ける造りがみられました。
そして宿泊客は「相部屋」が普通だったとされています。
つまり、一部屋を一人で使う現代のビジネスホテルの感覚とはかなり違います。
知らない旅人と同じ部屋で夜を過ごすこともあったわけです。
さらに安価な木賃宿になると、食事は付かず、自分で煮炊きをし、相宿で雑魚寝するような宿もありました。
旅籠は基本的に食事を提供する宿、木賃宿はより簡素な宿と考えると分かりやすそうです。
それなら財布を盗まれないのか
ここで当然、次の疑問が出てきます。
「知らない人と寝るなら、財布はどうするの?」
江戸時代の旅人も、もちろん旅費を持ち歩いています。
宿代だけではありません。
食事、渡し船、川越え、草鞋、人足、駕籠など、旅を続ければさまざまな支払いが発生します。
実際、江戸時代の旅費を記録した資料には、宿泊料だけでなく、川越料金や草鞋代、駕籠代なども登場します。
つまり財布を盗まれたら、「ちょっと困った」では済みません。
旅そのものが続けられなくなる可能性があります。
財布は「肌身離さず」
そこで重要になるのが、財布の持ち方です。
旅人が使ったものの一つに「胴巻き」があります。
布製で、金銭などを身体に近いところへ持つためのものです。小判などを紙に包んで入れ、懐に隠すようにして持つ例が紹介されています。
一方、頻繁な支払いに使う小銭などは「早道」と呼ばれる小銭入れのようなものに入れ、腰から下げて使いました。
つまり、
大切なお金は身体の近く。
日常的に使う小銭は取り出しやすい場所。
現代でいえば、旅行資金を全部ズボンのポケットに入れて歩くのではなく、貴重品と小銭を分散して持つような感覚でしょうか。
荷物そのものも少なくした
さらに面白い記録があります。
文化7年(1810)に刊行された旅行指南書『旅行用心集』には、旅の持ち物についての心得が書かれています。
その内容を現代語で簡単にすると、
「財布以外の持ち物は、できるだけ少なくした方がいい。品数が多いと忘れ物をして、かえって面倒になる」
というものです。
200年以上前の旅行指南書なのに、今でもそのまま通用しそうです。
そして同書で紹介される旅道具の中には「麻綱」もあります。
国土交通省の東海道に関する解説では、この麻綱について、宿で自分の荷物をまとめておくために使ったものと説明されています。
相部屋で過ごす以上、荷物をあちこちに広げておくより、一つにまとめて管理する方が合理的です。
寝るときはどうした?
では寝るとき。
少なくとも、現代のように財布をホテルの金庫に入れて鍵をかけるという選択肢はありません。
大切な金銭を身体に近いところに持ち、荷物もまとめて管理する。
旅人にとっては、「部屋に置いておけば安全」ではなく、自分で管理することが基本だったと考える方が自然でしょう。
知らない人と同じ部屋で寝るのですから、これはかなり重要だったはずです。
では風呂に入るときは?
個人的に一番気になったのがここです。
財布を肌身離さず持っていたとしても、
「風呂に入るときはどうするの?」
さすがに胴巻きをしたまま湯には入れません。
宿の主人に預けたのか。
同行者がいれば交代で見張ったのか。
着替えと一緒に置いたのか。
ここは調べてみましたが、今回確認した資料の範囲では「旅籠の風呂では貴重品を必ずこの方法で管理した」と言える統一的な作法までは確認できませんでした。
分からないところを想像で決めつけるのも歴史としては危険なので、ここは「分からない」としておきます。
ただ、財布を身体の近くで管理していたことや、宿で荷物をまとめるための道具まで旅の指南書に登場することを考えると、旅人自身が盗難や紛失をかなり意識していたことはうかがえます。
食事中は?
旅籠は食事付きの宿です。
現代のホテルのように必ず大きな食堂へ移動して食べる、という前提ではありません。
ですから「部屋に財布を残してレストランへ行く」という現代的な問題設定自体が、そのまま江戸時代に当てはまるわけではありません。
それでも、相部屋である以上、自分の貴重品や荷物は自分で管理する必要があります。
現代のホテルより、山小屋に近いのかもしれない
こうして考えると、江戸時代の旅籠を現代のホテルに置き換えて考えると、少し分かりにくくなります。
個室が保証されているわけではない。
知らない旅人と同じ部屋になる。
荷物は自分でまとめる。
貴重品は自分で管理する。
必要以上の荷物を持たない。
むしろ現代の山小屋や簡素な宿泊施設の感覚に近い部分がありそうです。
そして何より興味深いのは、江戸時代の旅人も、
「荷物は少ない方がいい」
と考えていたことです。
旅行用心集が刊行されたのは1810年。
それから200年以上たった現在でも、旅行から帰ってくると、
「結局、これ使わんかったな」
という荷物が一つや二つあります。
旅の道具は大きく変わりました。
でも、「できるだけ身軽に旅をした方がいい」という知恵だけは、江戸時代からあまり変わっていないのかもしれません。
参考文献・参考資料
今回の記事を作成するにあたり、以下の資料を参考にしました。
・国土交通省 関東地方整備局 横浜国道事務所「庶民は、旅にどんなものを持っていったのですか?」
江戸時代の旅行指南書『旅行用心集』をもとに、当時の旅人の持ち物を紹介。旅館で自分の荷物をまとめておくために「麻綱」を使用したことなどが解説されています。
・コトバンク「宿屋」
『改訂新版 世界大百科事典』の「宿屋」の解説を掲載。江戸時代後期の中規模以上の旅籠では「客は相部屋が普通」であったことや、木賃宿では客が雑魚寝の相宿をしていたことなどが紹介されています。
・国立国会図書館 レファレンス協同データベース「江戸時代に旅行をする時に、交通や宿泊にかかった費用を調べたい」
江戸時代の旅費や宿泊費を調べるための資料や、『旅行用心集 現代訳』『江戸の旅』などの関連文献が紹介されています。
・国立国会図書館 レファレンス協同データベース「江戸時代に、旅行のガイドブックはあったか」
江戸時代の道中記や旅行案内について調べるための資料。宿場、旅籠、旅費など、当時の旅の実態を知るための関連文献が紹介されています。

