老中や大老も「てやんでえ」と言ったのか|江戸城の言葉は町人と違った?

江戸城の殿中で、上座に座る大名と、その前で正座して話し合う武士たちを描いたシンプルなモノクロ線画。太めの輪郭線と少ない情報量で、江戸時代の武家社会における会議や言葉遣いの違いを表現している。
なりさん

江戸時代の老中とか大老とかの言葉遣いは庶民の使ってた江戸言葉とは違ってた?

時代劇を見ていると、同じ江戸に住んでいるのに、町人と武士ではずいぶん言葉が違います。

町では、

「そいつぁ、いけねえや」
「知らねえよ」
「べらぼうめ」

なんて威勢のいい言葉が飛び交う。

ところが江戸城に入った途端、

「左様でござるか」
「その儀、承知いたした」
「いかが取り計らうべきか」

と、急に重々しくなる。

これ、本当にそうだったのでしょうか。

江戸に住んでいても、みんなが「江戸っ子」ではない

結論からいうと、老中や大老の言葉遣いは、江戸の町人が使っていた言葉とはかなり違っていました。

考えてみれば当然です。

老中や大老は、江戸の町で生まれ育った町人ではありません。

幕府の中枢にいたのは、基本的には大名です。

しかも全国各地に領地を持つ大名たちが、江戸城へやって来て政治をしていました。

井伊直弼なら彦根藩。
阿部正弘なら福山藩。
松平定信なら白河藩。

つまり江戸城には、全国各地から武士が集まっていたわけです。

現代に置き換えると、大阪、福岡、広島、名古屋、仙台あたりから幹部が東京本社へ集まって役員会議をしているようなものです。

当然、それぞれ地元の言葉があります。

ただし役員会議が始まれば、地元の友達としゃべるときと同じ調子では話しません。

江戸城も似たようなものだったのでしょう。

武士には武士の「仕事の言葉」があった

武士の世界には、身分と儀礼がありました。

身分、相手、公私の場面によって言葉を使い分けていたことは確認できる。

ただし、老中が日常会話で具体的にどう話していたかまで、すべて再現できるわけではない

特に江戸城は、幕府という巨大組織の本部です。

誰が上で、誰が下なのか。
誰に直接話していいのか。
どのように報告するのか。

そういうことが非常に重要でした。

だから老中が将軍の前で、

「いやあ、それはやめといた方がいいんじゃねえですか」

とはならない。

もっと儀礼的な武家の言葉になります。

さらに書類や手紙になると「候」を使った候文など、話し言葉とは違う書き言葉の世界がありました。

要するに武士には、武士社会で通用する「仕事の日本語」があったわけです。

では老中は普段からずっと重々しく話していたのか

ここが面白いところです。

おそらく、そんなことはありません。

現代でも社長が一日中、

「本件につきましては慎重に検討したく存じます」

なんて話しているわけではありません。

役員会議ではそう話していても、気心の知れた人間と食事をすれば、

「いやあ、今日は疲れたな」

となる。

江戸時代の武士も人間です。

公式の場を離れ、自分の藩邸へ戻り、昔から仕えている家臣や身近な人間と話すときには、もっとくだけた言葉になったでしょう。

そこには出身地の言葉も混じったはずです。

だから「老中は何語を話していたのか」と聞かれると、一つには決められません。

江戸城では武家社会の言葉。
藩邸では自分の藩の言葉。
書状では候文。
相手の身分によって敬語も変わる。

一人の武士が、いくつもの日本語を使い分けていたと考えた方が自然です。

江戸城は全国の方言が集まる巨大な職場だった

こう考えると、江戸城の風景が少し変わって見えてきます。

廊下を歩いている武士たちは、みんな同じ言葉を話していたわけではない。

国元へ帰れば、それぞれ違う言葉で暮らしている。

その人たちが江戸へ集まり、幕府という共通の組織の中で仕事をする。

そこで必要になったのが、身分や儀礼に合わせた武家社会の共通の話し方だったのでしょう。

つまり江戸城とは、政治の中心であると同時に、全国各地の言葉が集まる場所でもあったわけです。

現代の会社と、それほど変わらない

大阪出身の人が東京本社の会議では標準語でプレゼンする。

会議が終わって大阪の同僚とエレベーターに乗った瞬間、

「いや、あれ無茶言うてるで」

と関西弁に戻る。

江戸時代の武士も、案外そんな感じだったのかもしれません。

将軍の前では言葉を選ぶ。
江戸城を出れば少し緩む。
藩邸へ戻れば国元の空気が出る。

言葉というのは、単に意味を伝えるものではありません。

「自分は今、誰と、どこで話しているのか」

それを示すものでもあります。

江戸の町人と老中が同じ町に住んでいても、話す言葉が違った。

でも、相手によって言葉を変え、職場では仕事の言葉を使い、仲間内では地の言葉に戻る。

そこまで見ていくと、江戸時代の人たちが急に現代の私たちに近づいてきます。

時代が変わっても、人間の根っこはあまり変わらないのです。

参考文献・参考資料

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