​江戸時代に漢字の音読み・訓読みはあった?寺子屋の教育とルビの歴史

なりさん

江戸時代で既に漢字の音読みと訓読みというものはあったのですか?

江戸時代の漢字の読み

結論から言うと、江戸時代にも漢字の音読み(中国由来の読み方)と訓読み(日本語の意味に合わせた読み方)は、広く一般に定着していました。

ただし、この音訓の仕組みは江戸時代に始まったわけではなく、もっと古い時代から積み重ねられてきたものです。

江戸時代が果たした役割は、その仕組みが「一般の庶民にまで爆発的に普及し、実用的に整理された」という点にあります。

当時の漢字事情のポイントを3つにまとめました。

寺子屋での「往来物」と漢文訓読の普及

江戸時代、庶民の子どもたちが通う寺子屋では『庭訓往来(ていきんおうらい)』や『商売往来』といった教科書(往来物)が使われていました。

これらの教科書を通じて、漢字の読み書きだけでなく、漢字の並びを日本語の順番に置き換えて読む「漢文訓読(くんどく)」の基礎的な素養が、武士だけでなく町人や農民の間にも広く浸透していきました。

「音(おん)」の多重構造(呉音・漢音・唐音)

日本の音読みには、中国から伝わった時期によっていくつかの種類(層)がありますが、江戸時代にはこれらが日常の中で使い分けられていました。

  • 呉音(ごおん): 最も古く仏教用語などに多い(例:「明」を「ミョウ」)
  • 漢音(かんおん): 平安時代以降の公的な読み(例:「明」を「メイ」)
  • 唐音(とうおん): 中世から江戸時代にかけて、禅僧や長崎の唐通事(通訳)を通じて入ってきた読み(例:「行灯」を「あんどん」、「椅子」を「いす」)
    江戸時代は特に、長崎を通じた交流から「唐音」が定着したケースが数多く見られます。

当て字や振り仮名(ルビ)文化の発達

江戸時代中期以降、町人文化(浮世草子や黄表紙などの戯作)が栄えると、音読みと訓読みを応用したユニークな「当て字」や、あえて複雑な漢字に独自の意味を持たせるような「振り仮名(ルビ)」の表現が大きく発達しました。

現代の漫画や小説で見られるような、漢字とルビを組み合わせた日本語独特のハイブリッドな表現スタイルは、この江戸時代の出版文化の中でその原形が定着していったと言われています。

歴史的な視点の補足

よく「江戸時代の識字率は世界トップクラスだった」と言われることがありますが、これには厳密な統計データが存在しないため、近年の歴史研究では「世界一と断定するのは誇張である」と慎重に捉えられています。

とはいえ、身分を問わず多くの庶民が音訓を交えた複雑な漢字混じり文を読み書きできたという事実は、当時の世界水準から見ても極めて高度な教育環境があったことを示しています。

こうして見ると、現代の私たちが使っている漢字の読み書きの「基礎体力」のようなものは、江戸時代の教育と文化によってしっかりと耕されていたと言えます。

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