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戦場の音|太鼓と沈黙のあいだで─叫びの中に、祈りがあった

戦国時代の軍勢は、太鼓と法螺貝(ほらがい)を「無線」として使った。合図、集合、突撃、退却――。太鼓のリズムで命令を伝え、貝の音色で部隊を識別した 。

太鼓が鳴る、心臓が鳴る

夜明け前の湿った空気の中、どこからともなく太鼓の音が響く。ドン、ドン、ドン――。まだ光の差さぬ野に、音だけが走る。馬がいななき、兵が槍を構える。

陣太鼓の一打ごとに、胸の奥で心臓が応える。戦国の戦は、音で始まり、音で終わった。旗が見えぬ夜や霧の朝、音だけが仲間と敵を区別する道しるべだった。

音が作る戦の秩序

太鼓と貝の信号
戦国の軍勢は、太鼓と法螺貝(ほらがい)を「無線」として使った。合図、集合、突撃、退却――。太鼓のリズムで命令を伝え、貝の音色で部隊を識別した 。

たとえば、
・低くゆっくり鳴らす=進軍
・速く激しく鳴らす=突撃
・短く三打=撤退

太鼓は耳で聴くより、腹で感じる信号だった。何千人もの兵が同じ音で動く。その一糸乱れぬ動きが「軍」となった 。

鎧の軋み、恐怖のリズム
音は戦のリーダーシップだけでなく、人間の恐怖も刻んでいた。鎧の金具が擦れる音。足袋の底が土をこすれる音。それが近づき、遠ざかり、また近づく。夜の闇でそれを聞くことは、敵の姿を見るより怖かった。ある古記録には、「風鳴りを敵の軍勢と誤り、味方騒然」とある。つまり、音の錯覚が戦を狂わせた。耳が研ぎ澄まされすぎて、風までも敵に聞こえる 。

沈黙という”最も重い音”
一方、音が止まる瞬間もあった。戦の前の沈黙、死者を前にしたときの静けさ、夜半に焚き火だけがはぜる音。沈黙こそ、最も重い音だった。それは恐怖であり、同時に、祈りの時間でもあった。「明日も生きて帰れますように。」言葉にせず、ただ沈黙の中で願う。戦の音は、命のリズムそのものだった。

音は今も、人を動かす

戦場の太鼓が消えても、私たちはいまも音で動いている。アラームで起き、通知音で走り、人の声で心を動かされる。静寂がほしくて音楽を聴き、沈黙の中でしか考えられない夜もある。つまり、戦の時代も、現代も、音が人の生き方を決めてきた。車中泊の夜、風が車体を揺らす音に耳を澄ませると、それは戦場の夜と変わらぬ”生の実感”だ。恐れも、安らぎも、どちらも生きている証。

なりさん

音止まり
 耳に残るは 生の鼓動

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