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戦場の火と湯気|煮炊きと癒やしの文化─戦の合間に、人は火を囲んで生き返った

戦国時代の兵士たちが「かまど穴」を使って食事の準備をしている様子

火のまわりに集まる影たち

戦の夜。草の上に腰をおろし、囲炉裏のように組まれた焚き火のまわりに兵が集まる。火が爆ぜ、煙が顔をなでる。湯を沸かす鍋がカタカタと鳴り、誰かが味噌を溶かす。鉄の匂いに、焦げた米と味噌の香りが混じる。遠くの闇には敵の陣火。それでも、この一瞬だけは、戦を忘れて、人の暮らしに戻る時間だった。

火は戦を支える「もうひとつの武器」

煮炊きの知恵
戦場で火を起こすことは命懸けだった。煙は敵に見える。けれど火がなければ食も湯もない。だから兵たちは風向きを読み、地を掘って煙を逃がす「かまど穴」を作った。湿った草や泥をかぶせて、煙を抑える。野戦の料理はまさに工夫の連続だった 。

食事は簡素だ。兵糧丸(ひょうろうがん)と呼ばれる、米と麦と味噌を丸めた保存食。だが、焚き火を囲める時は、米を炊き、塩をまぶし、味噌を湯に溶かして即席の味噌汁を作った。この一椀が、命をつなぐ。味は濃く、腹に染みた。疲労と恐怖の中で、温かい湯気は人間の匂いだった 。

火は癒やしの灯
火は、敵と戦うための武器ではない。それは、人を人に戻す儀式だった。戦で心をすり減らした兵たちにとって、火を眺める時間は、わずかな「静寂」そのもの。そこには言葉はいらない。仲間と並んで黙って炎を見る。その間だけ、剣も怒りも忘れられた。焚き火の煙は、血と汗のにおいを洗い流す香のようでもあった。火は、殺し合いの夜にあって、唯一”生きる側”の匂いを放っていた。

湯気と再生
余裕がある時には、湯を沸かして身体を拭いた。桶に湯を張るだけでも、それは”温泉”に近い感覚だった。傷の手当てにも、心の手当てにも、湯は効いた。甲斐の武田家では、遠征地で湯を張り、上級武士に交代で身体を洗わせた記録も残る。それほど、火と湯は戦場の贅沢だった。

火を囲むこと、それが人の本能

戦場で火を囲む姿は、原始の人類となんら変わらない。火のそばで食べ、語り、眠る。人は炎のゆらぎを見つめることで、心の形を取り戻してきた。現代の車中泊でもそうだ。

湯を沸かし、カップ麺の湯気を見ながら、一人でも、誰かとでも、火を囲む。そこに安心が生まれる。

火は、敵を照らすものではなく、明日を見つめるための光だった。

なりさん

戦の夜
 湯気の向こうに 人がいる

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