なりさん江戸時代の庶民の食事って1日2食って聞いたことあるけど、いつから1日3食になったん?
いい質問やね。
実は「1日3食」というのは江戸時代の後期以降の習慣で、戦国~江戸初期の庶民はほとんどが1日2食(朝と夕方)やってん。
詳しく見てみよう。
■ 1日2食の理由
- 日照時間に合わせた生活
- 当時は照明が乏しく、夜明けとともに働き、日没とともに休む生活リズム。
- 「朝餉(あさげ)」と「夕餉(ゆうげ)」の2回が一般的。
- 昼食にあたる時間は、農作業の合間に軽く握り飯などを食べる程度だった。
- 燃料(薪や炭)が貴重
- 何度も火を起こすのは手間もコストもかかる。
- 炊飯は朝にまとめて行い、昼以降は残り物を温める程度。
- 身分・地域による差
- 武家や上層町人は3食に近い食事もあったが、庶民・農民は2食が主流。
- 江戸の都市部でようやく「朝・昼・晩」の区別が広まりだすのは18世紀後半。
■ 庶民の主な食事構成
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| 分類 | 内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 主食 | 米・雑穀(麦・粟・稗など) | 米100%は贅沢。農村では麦飯・雑穀飯が主。 |
| 汁 | 味噌汁 | 具は大根・菜っ葉・豆腐など。出汁は煮干しや干し貝。 |
| 副菜 | 漬物・干魚・煮物など | 魚は塩干・煮干・味噌漬けなど保存食中心。 |
| 調味料 | 味噌・醤油・塩 | 砂糖は高級品。甘味は味噌の甘みや自然の甘味で。 |
■ 江戸後期に3食へ移行した背景
- 商業都市・江戸で労働時間が長くなった。
- 外食文化(屋台・そば・寿司・天ぷら)が発達。
- 照明(油・行灯)が普及して夜型生活に変化。
つまり、「庶民の食事は米・味噌・魚」までは正しいけど、「1日3食」は江戸後期以降の文化。
エジソンがトースターを売るために1日3食を提唱したっていう話は(笑)
(笑)いいとこ突いてるね、それ、都市伝説的な真実混じりの話や。
でも背景を掘ると、確かに「エジソンが3食制を広める一因になった」と言える部分はある。
■ エジソンと「1日3食」説の由来
- 1900年代初頭、エジソンは家庭用電化製品(特にトースターや電気ポット)を普及させたいと考えていた。
- そこで彼は「朝食の重要性」をアメリカ国民に訴えたんや。
→ 当時、工業化で労働時間が長くなり、朝を抜く人が増えていた。
→ エジソンは「朝食を取らないと仕事の能率が下がる」とスピーチで主張。 - その流れで、“Breakfast is the most important meal of the day”(朝食は一日の中で最も大事な食事)という考え方が一般化。
このフレーズはのちにシリアルメーカーのケロッグ兄弟が宣伝に使い、
さらにトースターの販促でも「忙しい朝でも手軽にパンが焼ける!」と結びついた。
■ 歴史的にみた「3食制の定着」
- 産業革命期(19世紀〜20世紀初頭)に、工場勤務の時間管理が徹底されるようになり、
「出勤前・昼休み・退勤後」というリズムが固定化された。 - つまり、電気製品・食品メーカー・労働制度の三拍子で「3食制」が世界に広まった。
■ 面白いまとめ
- 日本では江戸後期〜明治に「3食文化」が普及。
- 欧米ではエジソンやケロッグが「朝食=文明人の象徴」として売り込んだ。
- つまり、“トースターが作った文明”というのは、あながち間違いじゃない(笑)
へー、日本とアメリカ、同じような時期に1日3食になったやねん。
そう、そこが面白いところなんよ。
アメリカと日本、文化も産業構造も全然違うのに、「3食制」が定着したタイミングはほぼ同時期(19世紀後半〜20世紀初頭)なんや。
背景を比べると、どちらも「産業革命」と「近代労働」の波に乗っている。
■ 日本の場合(江戸後期〜明治期)
- 江戸の商人階層で3食文化が始まる。
→ 朝:飯+味噌汁、昼:弁当、夜:汁・副菜付きの主食。 - 明治維新以降、西洋式時間管理と学校・軍隊制度が導入される。
→ 「朝の点呼」「昼の給食」「夜の夕食」というリズムが制度化。 - 明治30年代には「朝食・昼食・夕食」が国語辞典に登場。
→ 都市部では完全に3食制が定着。
■ アメリカの場合(19世紀後半〜20世紀初頭)
- 工業化の進展により、工場労働者のシフト制が登場。
- トースターやシリアルなどの朝食産業が生まれる。
→ エジソンやケロッグが「朝食は文明人の証」としてマーケティング。 - 都市労働者のライフサイクルに合わせて「朝・昼・晩」の区切りが固定化。
■ 共通点:近代社会のリズム
- 労働時間の定刻化(工場・学校・軍隊)
- 照明の普及(夜間活動が増える)
- 燃料・調理法の効率化(炊飯・パン焼き・ガス台など)
- 健康・栄養の概念化(「バランスの取れた食事」という思想)
■ 結論
日本もアメリカも、「3食になった」のではなく、「3食に“ならざるを得なかった”」時代に入った。
つまり、“電気と時計が作った食文化”。
江戸の竈(かまど)文化から、明治の時計とトースター文化へ――
まさに文明のリズムが、食事の回数を増やしたわけやね。
生活編
あの時代、人々はどんな生活をしていたのだろう?衣食住から働き方まで、素朴な疑問にわかりやすくこたえます。







